ララランドのラスト結末の意味は?エンディングを考察してみた!

ラ・ラ・ランド

アカデミー賞受賞作のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』ですが、結末について「どういうことなの!?」と思う方もいると思います。
いろいろな見方があると思いますが、自分の感想・考察を書きますね!
ネタバレになりますので、映画をご覧になっていない方はご注意下さいね。

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『ラ・ラ・ランド』の作品情報

【原題】La La Land
【劇場公開日】2017年2月24日
【製作年】2016年
【製作国】アメリカ
【配給】ギャガ、ポニーキャニオン
【監督】デイミアン・チャゼル
【キャスト】ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、J・K・シモンズ、ジョン・レジェンド、他

あらすじ

ラ・ラ・ランド

オーディションに落ちて意気消沈していた女優志望のミアは、ピアノの音色に誘われて入ったジャズバーで、ピアニストのセバスチャンと最悪な出会いをする。そして後日、ミアは、あるパーティ会場のプールサイドで不機嫌そうに80年代ポップスを演奏するセバスチャンと再会。初めての会話でぶつかりあう2人だったが、互いの才能と夢に惹かれ合ううちに恋に落ちていく。
引用元:映画.com

『ラ・ラ・ランド』のラスト・結末・エンディングの意味

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ラストシーンのおさらい

『ラ・ラ・ランド』のラストは、ミアが女優として成功し結婚して子供もいて幸せいっぱいになっています。
しかしその結婚相手はセバスチャンではありません。

ある夜、ベビーシッターに子供を預けて夫と2人で外出します。
映画の冒頭と同じく道は大渋滞です。

ただ、冒頭と違うのは目的地を変えて脇道から降りるのです。
車から降りた2人は良さそうなバーを見つけて入ろうとします。
夫は先に進みますが、ミアは店名を見て足を止めました。

セバスチャンと2人、お互いが成功することを夢見ていたころにミアが考えた店名だったのです。
「Seb’s」の「’」が音符になっているところもミアが考えたものです。

予想通り、店はセバスチャンのものでした。
彼はミアを見つけると、2人にわかる曲を演奏し始めました。

2人は、セバスチャンが雇われてピアノを弾いていた頃に戻り、ミアがセバスチャンにピアノの感想を伝えようとします。
当時はセバスチャンがイライラしていてミアにひどい態度を取って去っていきましたが、今回は違います。
2人はキスすると夢のような世界が広がりました。

2人とも手を取りながら互いの分野で成功し、結婚して家庭を築きます。
そして、今夜のように子供を預けてバーを訪れるのです。

でも、気づくとミアは現在の夫の隣りに座り、演奏しているのはセバスチャンでした。
演奏が終わり観客が拍手を送る中、ミアとセバスチャンは見つめ合い、互いに笑顔を見せるとその場を去りました。

ラストシーンの意味は?

本作のラストは、人によっては「どういう意味!?」ってなりますよね。
受け取り方は人によって違うと思います。

2人が昔夢見ていた「成功したミアとセブ」私の考察

ラ・ラ・ランド
私の考察です。

2人は、再会したことで昔を思い出しました。
交際していた当時、2人でこんなことを夢見ていたよね、と。

2人とも音楽で、女優として、それぞれ成功して、家庭を持って幸せに暮らそうと思っていたはずです。
でも、2人とも今の成功を掴むまでの道のりは楽ではなくて2人で一緒に、というわけにはいかなかった。

冒頭の大渋滞のように、簡単には進めなかったしイライラしてクラクションを鳴らしたり、ため息をつくこともあったのです。
だから、2人で幸せにとはいかなかったけれど、いろいろあってお互い今の成功や幸せがあるんだね、と。

すごく切ない結末ではありますが、2人とも寂しそうではあるけれど納得はしていると思います。
きっと、夢に向かって頑張った2人だからこそ、お互いの健闘を称えたのではないかな、と。

私はそんなふうに思いました。
つまり「2人で夢見ていたこと」です。

ミア視点の幻想

上記に私の考察を書きましたが、ネットで他の方の感想を見てみました。
人によってやはり見方が違いますね~。

ラストの空想は「ミア視点の幻想である」という意見がありました。
それは、店に入っていったのはミア。
ミアが入っていった店にセバスチャンがいた。
行動していたのはミアだし、幻想の内容がミアが女優として成功することが大きく描かれていた。

幻想の中でセバスチャンも音楽を続けているのですが、現実のように自分の店を持っているわけではないのですよね。
また、幻想ではミアとセバスチャンがパリに行っていますが、現実にはセバスチャンはパリに行っていません。

そのようにミア主観のようにも捉えられる。
だからミアの夢である。
という理由のようです。

セバスチャン視点の幻想

セバスチャンは現実では夢は叶ったものの、ミアのように結婚して子供がいる、ということは描かれていません。
ミアを見つめる表情もどこか淋しげです。

だからミアと再会して「本当はこうならよかったのに」という空想をした、という考察です。

『ラ・ラ・ランド』の感想

人によって本当に捉え方が違いますね。
どれが正解ということはなく、解釈は人それぞれでよいのだと思います。

あのラストがよくわからない、好きではない、という方もいます。
それはそれで人の好みですから、いいと思います。

個人的には、すごく好きなラストシーンでした。

実は、前半はさほど面白いと思えず「なんだかな~」と思いながら見ていました。
演劇や音楽を志してもうまくいかない、でも夢いっぱいのカップルの話なんてこれまでも色々作られてますし、そう目新しい展開も見られなかったので。

ところが、残り1/3になって急に惹きつけられました。
ようやく物語が畳み掛けてきたように感じられました。

そして、成功したミアが渋滞にはまり、脇道を降りたあたりからはもう怒涛のクライマックスです。
ミアがSeb’sの看板を見て立ち止まる辺りから涙が溢れ、空想の2人の幸せなシーンはもう号泣。

そこまできて「そうか、これまで描いてきたものはすべてこのエンディングのためにあったのだな」と納得しました。

JK・シモンズを見て『セッション』を思い出し、今度はライアン・ゴズリングが痛めつけられるのではないかとハラハラしたりもしましたが、空想のシモンズは優しかったですしね(笑)。

最後まで見ると、それまでイマイチだと思っていた前半部分にも深みを感じます。
きっと再度見たら見落としていた部分が見つかりそうな気がします。

また時間を置いて見てみよう、と思える映画でした(^^)

まとめ

・『ラ・ラ・ランド』のラストシーンは諸説あり。
「2人の果たせなかった夢」「ミア視点の幻想」「セバスチャン視点の幻想」など。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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