映画悪の教典・最後のセリフと意味は?生き残り方についても

女性

今回ご紹介する映画は、2012年公開、三池崇史監督による『悪の教典』です。

原作は貴志祐介の同名小説。

ストーリーは、誠実で生徒からの信頼も厚い一方、サイコキラーという裏の顔を持つ高校の英語教師・蓮見聖司(伊藤英明)が、学校と自身に降りかかる困難を解決するため、平然と殺人を繰り返し、最終的には担当のクラスメート全員を殺すことを計画していくというものです。

生徒役として、二階堂ふみ、染谷将太、林遣都などが出演しています。
この映画では何といっても、伊藤英明の怪演っぷりが見所です。

『海猿』などで見られる人情味あふれる伊藤英明とは真逆、冷酷非情に殺人を繰り返す、まさにサイコパスな伊藤英明を観ることができます。

生き残ったのは誰か、また最後のセリフについて書いています。

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『悪の教典』の生き残りは?

片桐怜花(二階堂ふみ)

生徒側の主人公として描かれています。

直感にすぐれ、早見圭介(染谷将太)や夏越雄一郎とともに蓮見の過去を詮索する過程で、蓮見に近づくことが危険であると感じ始めます。

文化祭準備の夜、蓮見による惨劇のなかで、夏越と共に生き残ります。

夏越雄一郎(浅香航大)

温厚で自己主張をしないなど、控えめな性格ですが、実は頭脳明晰で的確な状況判断に優れています。

惨劇の夜、「射殺されたクラスメートに自分たち(夏越と片桐)の制服を着せ、避難はしごから降ろし、蓮見に撃たせ、死んだ風に見せかける」というアイデアを怜花に持ち掛けて実行し、生き残りました。

怜花に密かに想いを寄せています。

安原美繭(水野絵梨奈)

容姿端麗で、生徒、教師ともに人気があります。

柴原(山田孝之)という教師に弱みを握られ、肉体関係を求められていたところを蓮見に救われ、以降彼との肉体関係に溺れます。

蓮見が犯罪を犯した証拠となるものを発見したため、蓮見に自殺と見せかけて殺されたかと思われましたが、物語終盤息を吹き返し、三人目の生存者となりました

『悪の教典』最後のセリフと意味は?

ラストシーン

蓮見は最終的に犯行がばれ、警察に連行されていきます。

生き残った雄一郎と怜花が、連行される蓮見を追いかけ、早見圭介の生死を確かめます(早見は惨劇の夜以前に蓮見に殺され、行方不明となっていました)。

蓮見は圭介がもうこの世にいないことを告げ、

「これは全部神の意志だったんだ。頭の中に響いてきた命令でやったんだよ」

「4組の生徒は一人残らず悪魔に憑りつかれていたんだ。

これは皆の魂を救うためだったんだよ」と言います。

その後、呆然と蓮見の言葉を聞いていた怜花の左目が白く濁り(恐らく蓮見の幻想が重ねられている)、それを見た蓮見が「オーディンによろしく伝えてくれ」と言います。

雄一郎は「神の意志、狂ってる、こいつ完全に狂ってる」と蓮見を狂人扱いします.

怜花はそれを否定し、「ちがう、あいつはもう次のゲームを始めてるんだ」と叫び、物語が終わっていきます。

最後のセリフの意味

怜花の最後のセリフである

「あいつはもう次のゲームを始めてるんだ」

この意味は、

蓮見自身が心神喪失者として警察に認められる為のゲーム(策略)をすでに始めている

ということと思われます。

心神喪失と認められて極刑を免れ、新たな殺人を犯すための準備なのでしょう。

そのため意味不明なことを呟く(クラスメートは悪魔に憑りつかれていたなど)といった演技を始めている、ということなのではないかと思います。

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まとめ

この映画は賛否両論あり、淡々と殺人がなされていく展開に、嫌悪感を覚える人も多いかと思います。

私も正直、命というものが呆気なく消されていくシーンには、少なからずの不快感を覚え、何を意図してこのような映画が作られたのだろうと考えさせられました。

観終わった後、不快感や喪失感といった負の感情が胸にあったのは確かですが、その一方で、今ある命の有限を突きつけられたと言うか、それ故の「生への足掻き」のようなものが湧き上がってきたのも確かです。

現代社会を生きる私たちにとって、死はどんどん日常から切り離されたものになってきています。

お葬式なども昨今は簡素化が進み、現代人が人の死に向き合う時間は縮小の一途を辿っているように思います。

しかし、そのような生活の中でも、私たちは生への執着を確かなものにする為に、時に人生の有限、死を想う瞬間というのを必要としており、この映画は、そんなミクロな死とも言うべき経験を、私たちに提供してくれているように感じました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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