映画エルネストで描くフレディ前村とは?原作の本も紹介

エルネスト

映画『エルネスト』でオダギリジョー演じるフレディ前村とはどのような人物なのでしょう。
映画の作品情報と共に、その人物像を紹介します。

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映画『エルネスト』の作品情報

【公開年月日】2017年10月6日
【製作年】2017年
【製作国】日本・キューバ合作
【配給】キノフィルムズ
【監督】阪本順治
【キャスト】オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ、アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス他

映画『エルネスト』のあらすじ

1962年、一人の日系人青年フレディ前村が、祖国ボリビアのために医者になるためにキューバにやって来た。
母国ボリビアで軍事クーデターが起こると、フレディは「革命支援隊」に加わる決意をする。
ゲバラから戦士ネーム「エルネスト・メディコ」と名付けられ、ボリビアでの戦いへと向かう。

フレディ前村とは?

フレディ前村

1941年10月18日生まれ、ボリビア、トリニダ出身父は日本人
17歳で共産党青年組織に加入し、トリニダ市政の腐敗を糾弾。
市長を汚職容疑で告発し、投獄されます
1962年、医師になるためキューバへ奨学生として留学します。
1966年11月、チェ・ゲバラに参軍します。偽名でボリビアへ入国し、反政府ゲリラに関わります。
チェ・ゲバラからエルネスト、エル・メディコ(医師)と名付けられます。
1967年8月31日、政府軍の待ち伏せ攻撃に遭い負傷。
死亡した兵士についての身元確認要求を拒否し、政府軍により銃殺されます。
25歳でその生涯を終えています

キューバでは英雄、ボリビアでは国賊?

ボリビアの新聞は、ゲリラ隊に入ったフレディを「国賊」と罵倒
その死体の写真まで掲載したそうです。
政府に逆らって射殺されたのですから、当然ボリビア側からは評判がよくないわけです。

フレディ前村の母ローサ夫人は、フレディが死んだ時、フレディが国賊と言われ遺骸を返してもらえず、息子の弔いすらできなかったそうです。
ローサ夫人は、ボリビア政府から一方的に息子の死に汚名を着せられたことに我慢ができず、カストロやゲリラ隊から息子の最期を確かめようとキューバに向かいます。
ボリビアでは「国賊の母」だったローサ夫人ですが、キューバでは「英雄の母」として歓迎されたそうです。
ゲリラ隊本部からの連絡で息子の死は確実になりましたが、キューバ政府から素敵な贈り物がありました。
ハバナのある小学校を「フレディ・マイムラ小学校」と改名したのです。
そして、キューバの革命詩人であるロサリオ・イサベルは「エルネスト・フレディ・マイムラに捧げる歌」という詩を彼女に送ったそうです。

ローサ夫人としては、フレディ前村が死んだ時、ハバナで医学の勉強をしているはずの息子がボリビアでゲリラ兵として殺されたなんてきっと信じられず、ショックだったことでしょう。
でも、キューバで真相を聞いて、きっと誇りに思ったでしょうね。

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原作は『革命の侍―チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯 』


フレディ前村の姉マリー 前村ウルタード、甥・エクトル・ソラーレス前村により伝記本が出版されています。
監督の阪本順治この本に出会ったことで映画の企画に着手し、リサーチに3年半を費やしてキューバとボリビアを何度も訪れたそうです。
当時のフレディやゲバラを知る関係者への取材をもとにして自ら脚本を書き上げたとのこと。

原作の本はこちら
チェ・ゲバラと共に戦ったある日系二世の生涯~革命に生きた侍~

映画のオフィシャルブックもあります
『エルネスト』オフィシャルブック〈もう一人のゲバラ〉

映画のノベライズについてはこちら
映画ノベライズ エルネスト〈もう一人のゲバラ〉

まとめ

・映画『エルネスト』はチェ・ゲバラの意思を受け継いだ日系人青年フレディ前村の物語。
・原作はフレディ前村の遺族が書いた『革命の侍―チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯 』。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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コメント

  1. あきの より:

    ゲバラの内に秘めた想い と ゲバラの意思を継いで 若くして散った命 革命という言葉の下に 日本が戦争で受けた広島の傷と中南米で起きた革命とがなぜか結びつく アメリカとロシアの対立、核保有するしないに巻き込まれた国々の歴史 それは今も続いていて 日本の明日の平和をも脅かしている

    • elin より:

      あきの様

      コメントいただき、ありがとうございます!
      そうですね、ゲバラは大きな影響を与えたけれど
      未だに、世界中が安心して過ごすことはできないですね。
      日本の私たちだって然りですね。